頭部外傷を受けた小児はADHDをおこしやすい??ほんとうに?? ~医療情報の正確性について

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これまで、子供が階段から落ちたとか、自転車で転んで頭をぶつけたとかといった子供の頭部外傷を日々みてきましたが、たいていの場合、「何ともなくてよかったですね。またけがをしないように気をつけてくださいね」とお話しして、めでたしめでたし、おしまいになります。しかし、この見出しは、頭にけがをした子供が、昨今の教育現場で増えてきている学習障害の一つ、注意欠陥多動性障害(ADHD)に将来なりやすいと言っているではありませんか。大変驚きました。

あわてて、根拠となっている論文を探してきて読んでみました。
論文は、「Secondary Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder in Children and Adolescents 5 to 10 Years After Traumatic Brain Injury」でJAMA Pediatrics誌 2018年5月号に掲載されています。

3~7歳の間に頭部外傷を経験した子供81人を約5~10年間追跡し、頭部外傷を経験していない子供106人と比べて、二次性ADHDを発症するリスクが高くなるかどうかを検討しています。結果は、重度の意識障害があった重症群で、二次性ADHDの発症リスクが高くなるというものでした。
一方で、意識障害が中等度あるいは軽度であった場合、発症リスクは正常群と有意な差はありませんでした。そもそも、この検討は画像に異常がある症例に限定されており、実際の日常診療で最も多い、意識障害もなく画像上の異常もない超軽症例は検討から除外されていました。

つまり、正確な言い回しをすると、「重症の頭部外傷を受けた小児はADHDをおこしやすい。しかし、軽症例や中等度の頭部外傷ではADHD発症との関連は不明」ということになるのです。
重度の意識障害を伴う重症頭部外傷では、脳の損傷も大きいことが多く、将来的に後遺症として高次脳機能障害が問題となることは必然的なことです。小児であれば、高次脳機能障害は学習障害として顕在化することになるでしょう。
しかし、今回の論文結果は、重症例に限ったことなので、意識障害や画像上の異常がないような超軽症の子供まで、学習障害のリスクを心配する必要はありません。このことを、患者さんのご家族には誤解のないようにご理解いただきたいものです。

このように、不安を煽るようなセンセーショナルな見出しが付けられたり、言い回しがされたりすることは、医療情報サイトや医療系テレビ番組で時にみられます。その内容がどこまで正確であるのか見極めることは、医療者でないとなかなか難しいのかもしれません。
医者は安易に「大丈夫です」などと断言はしないもので、様々な可能性に対して予防線を張ります。私も、手術前の説明をするときには、「可能性はゼロではありません」とまどろっこしい言い回しを繰り返してしまったものです。
しかし、誤解を与えるような医療情報を信じて、必要以上に不安を感じて受診されてくる患者さんには、あえて「大丈夫ですよ」と言って安心させてあげるのも、医者の仕事なのかなと思います。
頭のことで何かご心配なことがあれば、どうぞご相談にいらしてください。

頭部外傷を受けた小児はADHDをおこしやすい

担当:武川

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特殊な認知症、特発性正常圧水頭症とは

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先日、70代後半の男性が、奥様及び息子さんと共に来院されました。ご本人は杖をつきながら小刻みに歩き、転倒しないかと心配でした。3年ほど前から歩き方がぎこちなくなったということです。奥様の話では「自分一人では10分くらいで歩ける所でも、夫と一緒に歩くと40分ほどかかってしまう。」ということでした。また1年ほど前から物忘れがひどくなり、数分前に話したことを覚えていないことがあるようです。最近では、オシッコを漏らすようになりオムツが必要な状態でした。

このような患者さんが受診した場合、脳神経外科医はすぐに「特発性正常圧水頭症」という病気を頭に浮かべます。特発性正常圧水頭症とは、脳や脊髄にある脳脊髄液(略して髄液といいます)の吸収が悪くなる事によって、脳室という部分が拡大し周囲の脳組織を圧迫することにより起こる病気です。脳室とは、脳の中に存在し髄液を作り貯蔵する部屋です。一般に、この脳室に過剰に髄液が貯留している状態を「水頭症」といいます。この場合脳の容積が大きくなり、頭の中の圧力(頭蓋内圧とか脳脊髄液圧といいます)が高くなりますが、この病気の場合は圧力が正常なため「正常圧」という言葉がつきます。また、原因が分かっていないため、「特発性」です。

この病気の症状は、「歩行障害」、「認知症」、「尿失禁」の3つです。その中でも、歩行障害が重要な症状で、今回の患者さんのように歩行障害が先行する事が多く、アルツハイマー型認知症などの他の病気と鑑別する時に参考になります。特発性正常圧水頭症の最大の特徴は、正確な診断・外科的治療(手術)をすれば、症状は改善されるということです。

患者さんとご家族にこの病気について説明すると、奥様は「ウンウン、この病気に違いない」と納得されましたので、まず頭部MRI検査を行ないましたところ、やはりこの病気に特徴的な脳室の拡大が見られたため治療可能な病院に紹介しました。その後、紹介先から報告があり、特発性正常圧水頭症が考えられ、まずタップテスト(腰の骨の間から針を刺し、髄液を抜いて症状が改善するかを判定する検査)を行い、その後手術を検討するとの事でした。まだその後の報告は届いておりませんが、手術が成功し、奥様と一緒に散歩できることを願っております。

特発性正常圧水頭症について|東京逓信病院
https://www.hospital.japanpost.jp/tokyo/health/magazine/101/03.html

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